第1回

認定NPO法人キッズドア

(執行役員 松見幸太郎さん)

「キッズドアの知見」と
「地域に根差した子ども食堂」
HOPEでつなげて子どもたちに「学習支援」を

子ども・若者支援プラットフォーム(以下、「HOPE」)の団体会員として立ち上げから参加している認定NPO法人キッズドア(以下、「キッズドア」)。学習支援に取り組みたいという子ども食堂に学習支援のノウハウを提供し、また学習支援ボランティアスタッフへの研修を担当するなど、「HOPE」の教育支援活動の中核を担っていただいています。今回、「キッズドア」の最新の活動状況や「HOPE」と連携して活動することへの意義について、執行役員の松見幸太郎さんにお話をうかがいました。

聞き手:子ども・若者支援プラットフォーム(通称:HOPE) 専務理事 真島 明美

聞き手:子ども・若者支援プラットフォーム
(通称:HOPE)
専務理事 真島 明美

最近の子どもを取り巻く状況は
"最後の聖域"である教育費を削らざるを得ない現実

「キッズドア」についてと松見さんのプロフィールを教えていただけますでしょうか。

松見幸太郎さん(以下、松見):「キッズドア」は、主に東京、千葉、埼玉、宮城を中心に経済的に厳しい家庭の小学生から高校生を対象に無料の学習支援を約84拠点(※2022年度最新集計結果)で行っています。また、保護者への情報提供や食料支援、その他、全国の子ども支援に関わる団体が学習会を立ち上げて展開するための伴走サポートなどを行っています。

私は2016年から「キッズドア」のメンバーになりました。 それまでは民間企業で約20年間働いていましたが、日本の子どもの教育格差に問題意識を抱くようになり弊会の仕事に就くことになりました。 現在は、学習支援の品質管理のマネジメントや新規事業の企画開発や実装部分に関わることを主な仕事としています。

「キッズドア」が設立された当時と現在とでは子どもを巡る状況は変わっていると思いますが、活動上で変化したことはありますか?

松見:特に状況が大きく変化したのがコロナ禍以降です。保護者が仕事を失ったり、労働時間の短縮を余儀なくされ、家庭の努力では何ともならない世帯が増えました。いわゆる「準貧困層」であった家庭が厳しい状況に陥り、「貧困層」に変わりました。コロナ禍以前の「キッズドア」は子どもの学習支援をメインに行っていましたが、コロナ禍になり保護者のサポートも始めました。すぐに取り掛かったのは、必要な給付金の情報提供です。お金にまつわる支援メニューは国からも自治体からもさまざまなものが出されました。ただ、たくさんあり過ぎてどれが自分の家庭に当てはまるのか、その判断が難しく、仮に対象となる支援メニューにたどりついても、書かれている内容が難しく、申請に手間と時間がかかる状況でした。そこで、情報を一元化し、情報を求める方が理解できるようにわかりやすくまとめて発信しました。

また、コロナ禍に入り弊会のインフォメーションに全国から匿名で「もう本当に食べ物がなくなりました」、「今月どうやっていけばいいかわかりません」というメールが1日に平均20件くらい来る日々が2年以上続きました。食の支援は絶対にしなければと思い、クラウドファンディングを何度も実施し、いただいたお金でそのまま食品を買って送りました。

さらに、保護者の方の支援プロジェクトを始めたことで、保護者の就労に関わるトレーニングの必要性にも気づきました。これまで私たちが関わってきた世帯の保護者の方は、スキルやキャリアが足りず、なかなか採用に至らないことや、収入の高い職に就くのが難しい現状にありました。そういった方たちに少なくとも「MOS(Microsoft officeの資格)」くらいは取得できる講座が必要だと感じました。そこで、人材派遣の会社さんとコラボをして就労に関わるトレーニングや、就職先のマッチングの手前部分までのサポートをしました。保護者は、お子さんのことを考えながら生活のこともやらなければならないため、 オンラインで短期間であっても、自分で時間をマネジメントして継続的にプログラムを進めることが難しい状況にありました。そこで、保護者の方に担当者を1人つけて電話やLINEでやり取りをしたり、定期的に受講者の方たちを集めてオンライン上でブレイクや情報交換をする機会をつくったりしながら、最終的に資格取得まで伴走するということをやってきました。

コロナ禍が子どもたちに与えた影響は、どのようなことがありますか?

松見:コロナ禍以前から、食費を削ってやりくりをしている家庭は多くありました。コロナ禍によりさらに収入にダメージを受けたことで、"最後の聖域"と言われる、普段は手をつけない習い事や塾などの費用を削らざるを得ない状況になりました。特に「準貧困層」だった家庭では、続けさせたいという思いはあっても諦めざるを得ない状況になりました。その結果、これまで当たり前のように大学進学を考えていた高校生の子どもたちが、進学したい気持ちを持ちつつ、家庭の状況をみて就職すべきではないかと悩むようになりました。全国的に高校生世代に対する自治体からの支援は薄く、進学をめざす子どもへの支援はほとんどありません。私たちは以前から高校生の支援に取り組んできましたが、コロナ禍を経て改めて注力している部分です。

「HOPE」とだからこそつながれる地元に根ざした子ども食堂

「何か一緒に活動できないか」とお願いしたことから関係が始まりましたが、「HOPE」や「連合東京」の最初の印象はどうでしたか?

松見:お話をいただいた当時、「キッズドア」は10期目を過ぎ、これまで蓄積してきたノウハウを、外部に提案・提供できる体制が整い始めたところでした。ちょうどその頃に「連合東京」の方からビジョンやつくり出したい世界観をすごく熱く語っていただきました。多分2時間以上一緒にお話をして私も共感し、すぐに代表に相談してGOサインを取り付けたのを思い出します。私たちとしてもお声がけをいただいたタイミングがすごく良かった。もし、もっと前に相談されていたら体制が整ってなかったので難しかったと思います。ご縁というか、あのタイミングだからこそ実現できたのだと思います。

「キッズドア」が「HOPE」と連携して活動する意義について教えてください。

松見:当時、さまざまな地方公共団体からご相談を受けていました。しかし、私たちは人材的にも金銭的にも今やっているところで精一杯となっていました。全国展開はもちろん、新たな土地で1から人脈をつくり活動を根付かせていくという未来を想像できずにいました。一方で、どこの地域にも子どもの食堂をはじめとした良い団体がたくさんあることがわかりました。私たちは、すでに地元で長年活動している団体がその地域の活性化を図っていくことの方がその地域のためになると考えています。この状況で私たちにできることは、これまでの経験から得た学習支援をうまく進めるための「方程式」を共有して伝えることです。その結果、3ヵ月くらいの伴走支援を行うことで地元の団体を活性化させ、その後も学習支援の活動を継続させることができるようになりました。

こういった活動をする中で「HOPE」と出会いました。「HOPE」のような組織が私たち地元団体の間に入り、両方をつないでくれるというのは意義深いと考えています。

「HOPE」は2ヵ所での学習支援活動から始まり、毎年1ヵ所ずつ増やしていくことが活動のねらいでした。実際に関わって感じたことはありますか?

松見:私自身も「HOPE」とゼロの段階から関わってきたので、皆さんと一緒に立ち上げてきたという思いがあります。スタートするにあたり団体との話し合いにも同行しました。その中で、私たちのやっていることの正しさを伝えるのではなく、各地域や各団体によって抱えている状況は異なるので、ニーズを伺いながらそこに合わせて調整し、伴走するというスタートができて良かったと思っています。また、各団体がそれぞれの地域でしてきた活動の地盤があるからこそ、私たちがほんの少しお手伝いをするだけで地域から受け入れられ、すぐに自走につなげられた点も良かったと感じています。その後、次の団体へのサポートを行う中で、当初みなさんと一緒に思い描いていた広がりにつながっていると私自身も実感しました。私たちだけでは、活性化にもっと時間が必要だったと思います。間に「HOPE」が入ることで、スピード感のある展開をしていける状況につながったと思います。

保護者支援や情報格差対策などにも取り組む

「キッズドア」が活動を続けるうえで1番大切にしていることは何ですか。

松見:関わる相手が、子どもたちや保護者、行政や自治体の方であっても、それぞれと同じ目線で接することです。もちろん、行政から私たちが委託を受ければ上下関係みたいなものは発生するのかもしれません。しかし、私たちのなかでは上下は一切関係なく、立場はそれぞれ違っても、それぞれのステイクホルダーは1つのチームとして、子どもたちや保護者に関わっていくことを大切にしています。

また、子どもたちに対しては、大変な中にも関わらず学習会に足を運んでくれています。来るだけでもすごいことです。だから「今日も来てくれてありがとう」という想いで関わっています。また、職員はもちろん、参加するボランティアにも「ありがとう」という思いをもって接するようにお願いしています。

事務所に学習をしにやってくる子どもたちの目標ボードにも「今日も来てくれてありがとう」の文字が

松見さんがこれまでやってきて、良かったなと思った瞬間はありますか。

松見:良かったことも辛かったことも本当にたくさんあります。今、ぱっと思い浮かぶことがあります。小学生くらいからずっと学習会に通っていた子が大学受験に合格し、保護者の方からお電話をいただきました。その時に「うちの子が本当に大学に行けるとは思っていなかった。大学に行かせてくれてありがとうございます」と言われたことです。学習会に来始めた頃のその子の学力は決して高くはなく、それでも努力して着実に成果をつくり、最終的に目標の学部に進学しました。そして、なんと今は学習会でボランティアをしてくれています。彼が学習会で子どもと関わっている様子を見ると、まさにこれなのだと、循環ができているのを実感し嬉しさがこみ上げてきます。

事務所での学習支援会場(取材時はスタッフのみんなさんが作業されていました)

くつろげるスペースも

逆に大変だったことがあれば教えてください。

松見:結構長い期間見ていた子が苦労しながらも難関大学に合格したのです。その知らせを聞いた時は私たちも一緒になって喜びましたが、その2週間後に大学に行けなくなったと報告を受けました。話を聞くと、用意していると聞いていた入学金が実は工面できていなかったというのです。もし、大学への申し込み期限の前にその話を聞いてれば、私たちは何としてでもお金集めるような対応をしたと思います。でも、その話を聞いたのは全部が終わった後だったのです。私たちはお金の直接支援をしていませんが、このことをきっかけにお金の支援についても考えなければという思いに至りました。そこでお金で子どもたちと社会をつなぐためのキッズドア基金という団体を創り、給付型の奨学金事業も始めています。その時お金がないために挑戦を諦めてしまう、そうならないようにする仕組みが必要です。本来は、国や自治体が子どもを守っていく取り組みとして制度のなかでやるべきことだと思います。しかし、それには時間もかかるでしょう。だから、今の段階でできることをしようと思い取り組んでいます。調査をして、それを基礎に政策提言につなげていきます。時間はかかるかもしれませんが、制度の設計を変えていくことにも挑戦しています。

子どもの貧困は、子どものせいではなく社会の仕組みの問題ですよね。一方で、保護者への支援も必要だと思います。保護者からの相談には、どのようなアドバイスしていますか。

松見:こちらから情報を提供するときには、知らないという前提でお話をするようにしています。例えば大学の話。入学時期に必要な現金や、取得した奨学金の納付月を把握していないことがあります。そこで、弊会のなかで協力して情報取集をして保護者のみなさんに提供しています。その結果、最近は保護者の方のリテラシーが上がってきているのも感じます。

情報を取りに行くノウハウは根気強く教えていくしかないのでしょうか。

松見:自分に必要な情報を集めるにはスキルが必要です。普通の会社で仕事をしていたり、少なくともそういう領域に関わっていると自然と情報の取捨選択スキルが身につきます。しかし、それができるのはパソコンがあってのことです。私が関わっている家庭の多くは、タブレットは持っていますがパソコンは持っていません。そうなると家庭のなかで調べ物をする機会がなく、いざ調べようと思っても短時間で欲しい情報を集めるのは困難です。さらに、集めたあとには情報整理する必要も出てきます。この問題を遡っていくと、学習習慣につながってくると思います。これは子どもたちにとっても重要です。そのため、プログラミングの教室だけでなく情報提供をするような教育をプログラムのなかに入れています。興味・関心を持って取り組んだことは経験値となり、大人になった時に必要とされる場面で使えるのではないかと思います。また、得た情報を何でも正しいと思わずに疑えるか、正しいか正しくないのかを判断できるか、その軸を得るためにも教育が必要です。

今はまだ「キッズドア」にたどり着けていない人に向けて働きかけていることはありますか?

松見:私たちはファミリーサポートというサイトを運営しています。LINE登録かX(Twitter)フォローをしていただければ、我々の方で整理した情報が流れてくるので、その中から自分に適したものを選択していただける仕組みになっています。今は登録母数を増やすことにも力を入れています。

また、高校生情報室というサイトもあります。今、大学受験で重要なのは「情報と戦略」です。予備校に通っているかどうかでかなりの情報格差が生まれます。また、地方に住んでいるとその格差はさらに広がります。そこで、高校生向けに大学進学に関する情報提供を行っています。全国規模で募集をかけ、オンラインの進学ガイダンスなどを開催しました。オンライン開催の場合は、LINEからすぐに参加エントリーができるのが特徴です。このように、情報の格差を是正するためにも地方にむけて情報を発信する方法についても試作を重ねているところです。

キッズドアが取り組む情報支援

学習支援で得たデータを示し、
子どもたちのために社会を動かしたい

「キッズドア」の今後の展望を教えてください。

松見:これまでの活動から、学習支援には定量的に取得できるデータがたくさんあることがわかってきました。また、弊会の支援対象となるお子さんや保護者の数は日本でも最大規模です。そこで、コロナ禍以降、専任職員を配置し、私たちが関わる子どもや保護者の方が今置かれている状況の調査・研究を始めました。これまでデータ収集がされてこなかった背景には、住所の問題によるつながりにくさや、何を抽出したいのかという判断など、調査設計の難しさがあったのだと思います。それを私たちがもっているリソースを生かしてモデルケースとして取り組むことで、政策立案や制度をつくっていく時のエビデンスに役立ててほしいと考えています。

これまで私たちが取り組んできた全国のさまざまな団体のサポートは、第1段階としてすごく大事なことでした。しかし、それだけでは変えられないことがたくさんあることにも気づかされました。子どもの支援における問題をスピーディーに解決していくためには、やはり定量的なエビデンスは重要です。エビデンスを示すことができれば、「根拠があるから必要だよね」、「根拠があるからそこにいくらのお金を投下する必要がある」となってきます。 この調査も私たちだけがやることではないとは思います。しかし、誰も取りかかっていないことなので、まずは調査に取り組んで、その結果、国内のさまざまな家庭がより良くなるようにという思いで取り組んでいます。展望としては、私たちの組織だけで何とかするという時期はもう過ぎたので、私たち以外のところにエビデンスを持ってリソースをどう分配していくのかというところに注力していきます。

学習支援と聞くと敷居が高く感じられますが、働く人のなかにもボランティアをやりたいと思っている人(組合員)はたくさんいます。こうした人たちに向けて何かメッセージはありますか?

松見:確かに「学習支援」という言葉だけを聞くと、すごくハードルが高いと感じると思います。 例えば指導する教科の全てを理解していないといけないと考えてしまうかもしれません。しかし、「学習支援」は塾や予備校ではないのです。大事なのは、子どもたちに寄り添い、来ていただいたその時間だけでも子どもたちの将来を真剣に一緒に考えてくれる大人の存在です。わからないことがあるのも当然です。私も高校生の数学だと解けない問題が出てきます。そんな時は一緒に解き始めて子どもに負け、解けた子から逆に教わることもあるんです(笑) 。これは、相手が小学生でも中学生でも同じです。大人が完璧である必要がないというのが学習支援の良さだと思います。さまざまな人生経験をしてきた方であれば、きっと勉強での苦労も経験したと思います。その時のことを思い出しながら、子どもたちにとって今1番必要なことを一緒に考え、さらに一緒に楽しんでもらう、これを味わってもらいたいです。また、参加していただく方が多様であればあるほど、良いと私たちは思っています。その方たちとの出会いが、子どもの将来や職業につながるヒントになるかもしれません。子どもの将来の選択肢を広げる1人になるというのも学習支援ボランティアの役割です。同時に、大人にとってもさまざまな気づきを与えてくれる場所だと思います。ぜひ、学習会にいらしてください。

最後に「HOPE」に期待することを教えてください。

松見:皆さん本当に日本の子どもたちに対する目線が高く、また熱い思いを持っているのを感じます。皆さんの思いが、より多くの方に伝わっていき、「HOPE」が活動する学習会が広いエリアで展開され、さらに子どもたちの将来の選択肢の広がりにつながっていくことを期待しています。弊会としても微力ではありますが、できる限りの応援させていただきたいと思っています。

ありがとうございました。※取材2023年6月

左から松見さん、取材を担当したHOPEの真島・杉山